東日本大震災復興支援学生ワークショップ成果報告会 20120501/2
日本造園学会では昨年の9月4日〜7日にかけて、ランドスケープを学ぶ全国の学生が集い、宮城県南三陸町の復興の将来像を考えるワークショップを行いました。九大芸工、大阪府大、神戸芸工、宮城大のTeam4は志津川地区を担当し、この度、5月2日に登米市南方仮設住宅第一集会所で報告を行いました。その他、歌津地区、戸倉地区でも他Teamと共に実施しています。下記に、簡単に写真で紹介します。

現地の宿泊は入谷地区の「さんさん館」という小学校の閉校舎を利用した宿泊施設に滞在しました。このような校舎の再生事例としては有名な場所で、古い小学校の面影を残しており、小学生の小さな机と、畳敷きの気持ちの良い部屋で過ごすことができました。

私共の報告会場は、南三陸応急仮設住宅みなみかた第一集会所

資料を配布し、スライドを用い、約20数名の地元の方々にご報告し、後は学生との懇談の場を設けました。学生の話によれば、地元の方々の次のようなお言葉が印象に残ったとの事でした。
・「『「まさか」と「もしも」の違いは大きい。今回の津波で「まさかここまで津波は来ないだろう」と思った人は逃げ遅れ、「もしもここまで波が来たら」と行動した人は助かった。』」とのこと。多くの方が、被災された時の模様のお話をされました。
・「これ具体化したら最高だね。(中略)今日の良い部分は、山のくらいありますんで、それを失くしたくない。できれば皆に聞いてもらいたい。当事者たちは客観的に見られないんですよ。今、今という切羽詰った状態で余裕がないから。」地元の方々からはこのような意見に加え、一方で、「学生の提案は、まったく意味をなさないんだよ。地元に残るかどうかも分からないし、漁師の生活をもっと知ってもらわなければ」というご指摘もありました。
・防災庁舎を残し公園化し、記憶を継承する施設の提案に対しては「残したいという方と残したくないという方が半々だと思います。でも、あそこに残さないでね、さら地にしたら場所がどこがどこだか本当に分からなくなると思うんですよ。」と両極のご意見をいただきました。記憶を風化させない提案が求められていました。
・干潟再生の提案については「想像もつかないよね。干潟があんなに広がる風景。そしたらね、天国だね。もとの形みたいにね。」という感想を頂きました。一方で、「いつも魚介類が採れるとは限らない。うみの生活だけでなく、陸のもの、山のものを活用したバランスのとれた生活、まちづくり」の必要性についてコメントをいただきました。
これからの志津川について、今、親は避難所生活であり、高校生は外に出ていかなければならない。「志津川が良くなった」と帰ってこられる場所。夢のある町に向けたビジョンが必要とされている。

戸倉神社には幟がはためいていました。京都福知山・大原神社の氏子さん方が支援されたようです。被災の中で、今後、お宮の年中行事が継続できるかも分からない現状だそうです。

目に見える復興は、半年前と比べてもあまり進んでいません。しかしながら、海には船と筏がならび、ワカメの養殖も始められていました。
今後、造園学会学生ワークショップはPhase4として、各大学が支援プラットフォームを形成し、情報を交換しながら活動を進める予定にしております。九州大学芸術工学部環境設計学科の教育・研究は、これらの支援の可能性について、潜在力があると思います。今後、学生の積極的な関わりを求めていく予定です。(朝廣)

現地の宿泊は入谷地区の「さんさん館」という小学校の閉校舎を利用した宿泊施設に滞在しました。このような校舎の再生事例としては有名な場所で、古い小学校の面影を残しており、小学生の小さな机と、畳敷きの気持ちの良い部屋で過ごすことができました。

私共の報告会場は、南三陸応急仮設住宅みなみかた第一集会所

資料を配布し、スライドを用い、約20数名の地元の方々にご報告し、後は学生との懇談の場を設けました。学生の話によれば、地元の方々の次のようなお言葉が印象に残ったとの事でした。
・「『「まさか」と「もしも」の違いは大きい。今回の津波で「まさかここまで津波は来ないだろう」と思った人は逃げ遅れ、「もしもここまで波が来たら」と行動した人は助かった。』」とのこと。多くの方が、被災された時の模様のお話をされました。
・「これ具体化したら最高だね。(中略)今日の良い部分は、山のくらいありますんで、それを失くしたくない。できれば皆に聞いてもらいたい。当事者たちは客観的に見られないんですよ。今、今という切羽詰った状態で余裕がないから。」地元の方々からはこのような意見に加え、一方で、「学生の提案は、まったく意味をなさないんだよ。地元に残るかどうかも分からないし、漁師の生活をもっと知ってもらわなければ」というご指摘もありました。
・防災庁舎を残し公園化し、記憶を継承する施設の提案に対しては「残したいという方と残したくないという方が半々だと思います。でも、あそこに残さないでね、さら地にしたら場所がどこがどこだか本当に分からなくなると思うんですよ。」と両極のご意見をいただきました。記憶を風化させない提案が求められていました。
・干潟再生の提案については「想像もつかないよね。干潟があんなに広がる風景。そしたらね、天国だね。もとの形みたいにね。」という感想を頂きました。一方で、「いつも魚介類が採れるとは限らない。うみの生活だけでなく、陸のもの、山のものを活用したバランスのとれた生活、まちづくり」の必要性についてコメントをいただきました。
これからの志津川について、今、親は避難所生活であり、高校生は外に出ていかなければならない。「志津川が良くなった」と帰ってこられる場所。夢のある町に向けたビジョンが必要とされている。

戸倉神社には幟がはためいていました。京都福知山・大原神社の氏子さん方が支援されたようです。被災の中で、今後、お宮の年中行事が継続できるかも分からない現状だそうです。

目に見える復興は、半年前と比べてもあまり進んでいません。しかしながら、海には船と筏がならび、ワカメの養殖も始められていました。
今後、造園学会学生ワークショップはPhase4として、各大学が支援プラットフォームを形成し、情報を交換しながら活動を進める予定にしております。九州大学芸術工学部環境設計学科の教育・研究は、これらの支援の可能性について、潜在力があると思います。今後、学生の積極的な関わりを求めていく予定です。(朝廣)






























