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【笑顔をLink!プロジェクト】 201106

LinkYourSmaile.jpg環境設計学科22期卒の矢津田君から、【笑顔をLink!プロジェクト】のお便りをいただきました。
彼の作曲、Yamamura Hibikuさんの歌声、そして、全国からのメッセージフリップ画像がU-tubeにUpされています。
レコーディングされた曲ですが、東北に元気を届けるために、プロジェクト化されたそうです。私の息子たちも友情出演。やっさんらしい。がんばって。(Asahiro)

U-tubeのリンクはこちら 【笑顔をLink!プロジェクト】 Vol.1  Link your smile / hibiku

Yamamura Hibikuさんのブログはこちら Take the funny train

中国、深圳のオフィスより 2010年7月

【卒業生だより】
はじめまして。鳥越と申します。現在、中国広東省深圳市の設計事務所でランドスケープデザイナー、アーバンデザイナーとして働いています。
学部4年生のときは建築計画系の研究室に籍を置き、大学院から緑地保全学研究室に移りました。その半年後に交換留学制度を利用してカリフォルニア州立工科大学ポモナ校に1年間留学しランドスケープデザインを学びました。大学院へ戻ってからは、研究室を通じて参加するようになった黒木町の棚田山林の保全活動に参加する傍ら、棚田を所有する農家の実状を調査し、保全に向けた課題などを論文としてまとめました。修了後、日本ランドデザインという日本設計の関連会社に入り、中国や台湾のプロジェクトを中心にランドスケープデザインから地区計画まで携わりました。
海外に出て仕事がしたいと考えるようになったのは、海外プロジェクトに携わることが多かったこと、自らも途上国への駐在経験があり「デザイナーは若いうちに海外にでるべし」という考えの上司のもとで仕事をしていたこと、が大きかったと思います。日本ランドデザインで4年働いたあと、その上司の紹介で今の事務所に転職しました。日系でも外資系でもなく中国の事務所です。小さな事務所でスタッフは15名程度です。
現在の事務所では、日本でもやっていたようなランドスケープデザインに加え、アーバンデザインに携わる機会が増えました。計画当初から関わっている山東省嵐山区では養殖場跡地に新たな市街地(8km2)の開発が進んでいます。
survey.jpg

延長4kmの海岸線と一部の商業施設は工事が進み、完成間近です。中国の海岸線は養殖場として利用されている所が多く、養殖場をウォーターフロントの街へコンバートするプロジェクトがこの他にもいくつかあります。ウォーターフロント開発の際には世界中の様々な「水の都」がモデルとして考えられますが、それらしき絵を描けばできるのではなく、海のさまざまな仕組みに目を向け、それを有効利用したプランニング、かつ生活環境として快適なものであることが重要です。しかしながら、デザイナー、行政も含め、中国ではエンジニアリングに対する軽視がしばし見受けられ、十分な調査や分析がなされないまま着工してしまう場面も少なくありません。この点はいつも事務所内で議論になるところです。今のところ日本人デザイナーの特徴はそういった「エンジニアリング力」と「緻密さ」といったところでしょうか。これには私の周りの中国人も感心しています。ときに度が過ぎてあきれていることも。。。
office.jpg


さて。海外に出るかどうかはひとそれぞれです。中国の事務所に行くことを決めたあとに思い出したのですが、小学校の卒業アルバムに[将来海外で働きたい] などと書いていました。幼少の頃から漠然とした出稼ぎ思想があったようです。そういう潜在的な要因はさておき、今後設計に携わろうと考えているのであれば、海外に出ることも選択肢のひとつとして持っておいたほうが良いと思います。日本人も含め、たくさんの人が身軽にそして気軽に国境を超えて活動しています。日本でキャリアを積むにしても、大きな組織設計事務所から個人事務所まで、何らかのかたちで海外プロジェクトに関わる日本の設計事務所は少なくありません。文化や言語の異なる環境のなかで仕事をする機会はこれからますます増えるでしょう。
皆さんが通う大学も国際色豊かな場所のひとつです。機会を見つけて多様な人々と交流して欲しいと思います。それでは、学生生活を楽しんでください。

鳥越 久代

経歴
2000年 九州芸術工科大学芸術工学部環境設計学科卒業
2000-2001年 カリフォルニア州立工科大学ポモナ校へ交換留学
2003年 九州芸術工科大学芸術工学研究科生活環境専攻修了
2003-2007年 (株)日本ランドデザイン
2007-現在 SHENZHEN APECLAND DESIGN CO., LTD.

資格 一級建築士

ラオス・ビエンチャンより 2000年修了 平野邦臣 (2010年6月)

緑地保全学研究室は、重松先生が教鞭を取られていた時代から、緑地系、非緑地系を含め多数の卒業生を社会に送り出してきました。昨今、公共事業費が減少する一方で、民間企業のCSR活動、環境教育の場としての里地・里山の保全、市民による緑化活動の事例が増えてきています。さらに、二酸化炭素の削減、生物多様性への対応、人口減少社会到来に伴う都市全体のコンパクト化も大きな課題です。

本研究室では、卒業生のご協力を得て、これまでの、そして現在のお仕事をご紹介いただく記事を寄せていただくことにしました。これは、様々な現場で取り組まれている事業や課題について研究室にフィードバックをかけること。そして、在学生の皆さんに、先輩達の、歩みをつぶさに見ていただき、自分の将来像につなげていただくことを目的とします。

まず、第一報は、平野君にご協力いただきました。ここに、御礼申し上げます。
なお、ブログですので、掲載いただいた記事は、数年に1回は更新をかけていただこうと考えています。今後とも、よろしくお願いします。 朝廣 和夫

2000年修了 平野邦臣

朝廣研究室の(または興味のある)みなさま、こんにちは。2000年に大学院を修了した平野邦臣と申します。
後進のみなさまの将来の参考になればと、朝廣先生に依頼されましたので、私のこれまでの仕事について紹介させていただきます。

【職歴】・2000年4月~2009年6月 (株)プレック研究所本社 都市・地域計画部
・2009年7月~現在 日本工営(株)本社 コンサルタント海外事業本部 都市・物流部

【主な資格】・技術士 (建設部門:都市及び地方計画)
・技術士 (環境部門:自然環境保全)
・一級造園施工管理技士
・森林インストラクター

大学院を修了して、早いものであと1ヶ月で社会人10年になりますが、民間コンサルタントの技術者として、重松先生・朝廣先生に教わったことをそのまま仕事に活かしてこれまでやってきました。以下に、これまで10年間でやってきたことを簡単に紹介します。

【プレック時代】プレックをご存知の方も多いかと思いますが、日本では老舗の環境シンクタンク/コンサルタント会社です。その中で、私は、国・都道府県・市町村の様々な計画づくりに従事してきました。環境基本計画、緑の基本計画、景観計画などです。一方、経験をつむうちに、国交省や環境省のシンクタンクとしての役割も増していき、やりがいのある興味深い仕事にも中心的な技術者として携われるようになりました。その主な仕事は以下の3つです。

①小笠原諸島の自然再生・世界自然遺産登録のお仕事
知ってる方もいると思いますが、今年1月、日本政府はユネスコに小笠原諸島の推薦書を提出しました。私は、7年前(つまり日本政府が小笠原を推薦しようと考えていた時)から、世界遺産登録に必要な自然再生の取組や推薦書・管理計画の中身の検討を、環境省・林野庁や東京都の方々と行っていました。

ogasawara.jpg
小笠原諸島の南島


②大都市圏の緑地保全政策のお仕事
日本は人口減少社会に突入しました。これまでは都市の開発圧力に対して緑地をいかに保全するかという検討の構図が、将来的には完全に変わってしまいます。都市空間に管理できない余剰地が生じ、逆に緑が無秩序にスプロールしていくような構図です。国交省では将来を見据えた法体系の枠組みの検討を既にスタートしています。このような検討に都市緑地政策の専門家として参画させていただいてました。

③生物多様性とエコロジカルネットワークのお仕事
今年2010年に愛知・名古屋で生物多様性条約締約国会議COP10が開催されます。これに向けて、国及び中部圏では4年ほど前から既に受け入れに向けた検討を開始していました。このような検討に参画するとともに、愛知県のエコロジカルネットワーク計画の検討などを行いました。

【日本工営時代(現在)】
私は、今後の環境分野の技術者は国際的視野を持つべきだと前々から考えていました。そこで、1年ほど前にプレック研究所から日本工営海外事業本部に転職をいたしました。現在は、同社にてJICA発注の仕事を中心にプロジェクトを進めています。年間の7割以上は海外出張という生活で、これまでの1年間で、カンボジア、タイ、ベトナムに行ってきました。

今は、「ラオス首都ビエンチャンの都市計画策定プロジェクト」という約1年間のプロジェクトに、「公園緑地計画」担当技術者として参画しています。このプロジェクトには、都市計画・土地利用・上下水・道路・廃棄物のほか、経済・産業・農業などの多くのスペシャリストが参画しており、視野がとても広がって多くの刺激を受けています。また、東南アジア情勢やその中での日本の役割などにも鋭くなります。このプロジェクトでは、ラオスに延べ7ヶ月滞在します。

laos.jpg
ビエンチャンのメコン河沿いの公園


私の仕事は以上のような感じです。ちなみに私のブログです。
http://kuniomihirano.cocolog-nifty.com/eco/

それでは、みなさん楽しんで勉強してください。

平野邦臣@ラオス・ビエンチャン

渾沌会総会・懇親会 (20100529)

先日、29日に渾沌会(九州芸術工科大学・九州大学芸術工学部同窓会)の総会と懇親会が行われました。
主な議題は、これまでこの時期に行っていた「私の仕事Live版」を秋の学園祭に時期に移行し、学生主体の活動として再出発することになりました。卒業生と在学生の交流の場をより良いものにしたいと考えています。これに伴い、総会時期、会計年度が変更されました。

総会の様子です。
20100529.jpg 20100529 (1)

関西支部の花見時期に作られた芸工Tシャツ。最近のキャンパスをあしらったデザインです。2次会は塩原のOranje.今年は、こじんまりと盛り上がりました。
20100529 (2) 20100529 (3)

20100529 (4) 20100529 (5)
(Asahiro)


環境設計同窓会

先日、芸工の環境設計学科卒業生全期の同窓会を行いました。

2007-11-29.jpg

準備がなかなか大変でしたが、たくさんの方々においでいただきました。

渾沌会のサイトに報告を掲載していただいております。

環境設計同窓会2007報告

御覧ください。

芸工学園祭火祭

「ドンドコ、ドンドコ、ドンドコドコドコ、

 ドンドコ、ドンドコ、ドンドコドコドコ、

 ドンドコ、ドンドコ、ドンドコドコドコ、

 ドンドコ、ドンドコ、ドンドコドコドコ、

 オ~~~~~~~~~~イ~~~~~~、

 オ~~~~~~~~~~イ~~~~~~、

 オ~~~~~~~~~~イ~~~~~~、

 ソ~~~~~~~~~~~~~~~レ~、

 オイ、  オイ、  オイ、 オイ、

 オイ、  オイ、  オイ、 オイ、

 ソ~~レッ」

 

 芸工の風物詩、火祭が行われました。

2007-11-25.gif

 お伝えできないのが残念ですが、私は、この音と匂いが好きです。

 学生時代に踊ったことがある卒業生は誰でも、

 汗にまみれて仲間と踊り、胴上げをしあったあの頃を思い出します。

 火を囲み、火祭隊を中心にみんなで踊る

 なんとも、原始的なお祭りですが、

 学科を超えた仲間と作り上げた学園祭の最後のフィナーレです。

 公と私しかない大学の中で、この火祭は

 芸工生の「公共」のつながりを生み、集団活力の源泉になっています。

 見回る立場になった私は、公の立場がこれで良いのだろうかと、ふと思いました。

  

芸術工学座談会

先日の6月2日に、渾沌会(九州大学芸術工学部・九州芸術工科大学同窓会)主催の芸術工学座談会を行いました。このイベントは、各学科先輩を2名大学に招待し、社会でのお仕事や大学で学んだことについて、在学生と交流してもらうことを目的としています。4年前の九大との統合を機に始めた企画です。

環境設計学科は、『芸術工学が支えてくれたもの・・・「愛・地球博」会場設計と外国館の計画・運営の経験から』と題し、貴重なお話をしていただきました。一部、講師の方にチェックいただき下記の学科サイトにアップしました。ぜひ、ごらんください。

2007-06-12.jpg

九州大学芸術工学部環境設計学科 先輩からのメッセージ

お話で面白かった点は、外国館設計の中で、図面が読めない担当者や海外の人とのコミュニケーションツールにスタディ模型を利用したこと。また、グローバルループの設計は、常識にとらわれないデザインマインドで実現したという点でした。

昨年度までは、座談会を行うのみでしたが、今年から、学科ホームページに記録を残し、在学生・高校生へのメッセージとして活用することにしました。来年も継続する予定です。

最後の卒業式

1月26日から、ほぼ2ヶ月間ブログの更新が滞ってしまいました。この間、イベントを実施したり、報告書を書いたりと、なかなか書く時間が取れなかった。特に、最近、第二子が生まれ、忙しくも楽しい日々を過ごしています。

今日は、平成15年に九州大学と統合されて以来、『九州芸術工科大学』の学部4年生が卒業する最後の卒業式となりました。

この卒業式では、かつての単科大学らしく、二百数十名の卒業生の名前が、一人一人呼ばれます。小さくとも美しいキャンパスで記念撮影を撮り合い、多次元ホールでは簡単な立食パーティーで盛り上がります。その後は、三々五々、謝恩会に出て、夜遅くまで飲みに行くというアットホームな一日です。

学生を残してなくなった九州芸工大の学位記授与式は、九州大学総長が執り行います。総長の告辞の中で私は、次の内容が心に残りました。

『ここまで芸術工学を育てていただいた、卒業生、先生方、関係者の方々に感謝いたします。芸術工学部、芸術工学府は永遠に大橋の地で引き継がれてゆきます。』

総合大学に統合された単科大学の行く末に、私達は一抹の不安を感じないわけではありません。総長のこの言葉は、芸工大が創設された約40年前に標榜した『技術の人間化』の理念を、九州大学が次の世代へ繋ぐ使命を持つと明快に示していただいたと思われます。

また、セレモニーの最後に、芸術工学研究院長は初代小池学長の言葉を紹介されました。芸工大設立時に小池学長が文部省とやり取りする中で、芸工大の育成人材像を『Missing Technician』という言葉で説明されたとのことでした。卒業生にとって、これは言いえて妙な言葉に感じられます。誰もが取り組まない課題の解決、見出されていない新たな価値の創造を、私達は孤独に切り開こうとしています。Missingはサルと人間のあいだの見つかっていない人種のことに関連する語のようです。私達は芸術と工学だけでなく、あらゆる分野の見出されていない接点を、デザインすることにやり甲斐を感じています。

個人的に、私が『Missing Technician』で居られる事は、幸せだな~と思いました。

九州大学の芸術工学は、きっと、そのような卒業生を、これからも送り出し続けるに違いない。リーダーの話を聞きながら、そんな思いになれました。

芸術工学座談会

6月3日に渾沌会(九州大学芸術工学部・九州芸術工科大学同窓会)の主催する、芸術工学座談会「私の仕事」Live! 版 2006が行われました。

詳細は、同窓会WEBをご覧下さい。

2006-06-05.jpg

環境は

【テーマ】 『発注者と受注者の視点で環境デザインを考える』

とし、T先生とK先生のお二方にご講演をお願いしました。

T先生は、東京本社ビルの移転計画に伴うプロジェクトリーダー(発注者側)の経験の中から、プロジェクトが進む中で、「ビル全体が分かる人がいない」という問題を体験され、施主のニーズを満足させる設計側の情報収集の不十分さがフラストレーションになると指摘されました。

社内のプロジェクトリーダーだけでなく、設計サイドは、もっと、営業、総務、開発各セクションの業務の機能・内容、言語を理解し勉強しなければならない。

両者のスムーズなコミュニケーションを行うには、よりイメージを具体的につめなければならないし、また、共通の目標を最初に掲げることも重要になるということでした。

ここら辺のご指摘は、環境デザインに広く必要とされる指摘だと思われます。

K先生は、「官公庁」「企業」「個人」という施主の属性による違いをご説明いただきました。

発注者と受注者のコミュニケーションには、模型を中心に話を展開・修正しながら進めるとイメージのズレを最小限に抑えられるとご指摘いただきました。

また、奈良県のある山村のシカの食害による森林被害についても指摘され、建築家でありながら、地域の問題を共有し、まちづくりの方向性を検討する業務に関わることもある。それは、保全家は保全を主張し、観光系は開発を主張するため、折り合いの付かない状況があるためで、課題を整理し、空間・時間軸で調整・提案を行うデザイナーとして、建築家のコーディネイト力が期待されているそうです。

建築だけでなく、このような新しいニーズに対し、建築家は自分の職能の範囲を認識し、他の専門家の適切な関わりを求めるスタンスが必要とされる共に、情報化・社会化に資するメディアに強くなるべきではないかと提起されました。

いずれの事例においても、エンジニアはいても、全体を理解しようとするデザイナーが不足しているという状況です。情報収集を行い共通の目標を持つこと。情報化・社会化を行いながら実践的なプロセスを踏むことが、今後の環境デザイナーに求められる資質のように思われました。

さて、今回の環境の座談会、OB含めわずか21名という少なさでした・・・広報がんばります。

しかし、学生諸君、このような機会は、絶対に逃すべきではないですよ!!

コンピューターで職を探すよりも、生身の人を大切にしてください。資源は人ですよ~